PESSER Volume 2 Issue 4 (original article in Japanese)

Perspectives on Earth and Space Science Educational Research, Vol. 2, Issue 4

American Geophysical Union Education Section

September 2021

STEM教育にSDGsがもたらす影響:ある工学部学生の見方

富山県立大学工学部

山浦稜太、中村秀規


学生による考察 by 山浦稜太(知能ロボット工学科4年

 私は工学部に入学し、文系理系という枠にとらわれず、様々な体験をしてきた。中でもSDGsは私の大学生活にたくさんの機会と経験を与えたテーマの一つである。この記事では、一人の大学生として体験してきたSDGsに関する経験を、一人の工学部生としての視点に転換し、STEM教育や、学生と社会との関係について、この3年間の大学生活で感じ・考えたことをまとめたものである。

 きっかけは、就職活動について友人と話したときだ。最近では、企業もSDGsに関する取り組みを行っており、企業のサイトを探してみるとその内容を知ることができる。この活動についても注目して調べてみていたこともあり、友人との情報共有も兼ねてSDGsについて知っているかを聞いてみたことがあった。その友人はSDGsという言葉を初めて知ったと言っていた。この後も数人の友人に聞いてみたが、同じように初めて聞く人や名前だけ聞いたことあるがそれ以外わからないという人が大半だった。私はこのときから、危機感のようなものを感じたとともに、SDGsとSTEM教育の関係とその影響について考えるようになった。

 SDGsは日常に潜む課題を自分ごととして捉え、主体的に行動を起こすという考え方が重要になる。その中には一人で解決するには難しい問題もあるだろう。このときに、他者と協力することが必要になる。お互いにできることを足し算のように合わせていくことで、他者との強い繋がりができ、今後の社会を生きていくために必要な考え方であると考える。ここには、ただの協力関係という言葉では片付かない大切な要素が入っている。それは、互いに価値観やマインドを共有しているということである。私は、そのような共有価値からSDGs達成のために取り組むことが重要であると感じた。


ティーチングアシスタント(TA)学生とともに実施中のSDGs教育:工学部学生と地域関係者とが開発した独自のSDGsボードゲーム。写真中央の学生がTAを務める本稿執筆学生の山浦稜太(写真提供:中村秀規)
ティーチングアシスタント(TA)学生とともに実施中のSDGs教育:工学部学生と地域関係者とが開発した独自のSDGsボードゲーム。写真中央の学生がTAを務める本稿執筆学生の山浦稜太(写真提供:中村秀規)



 これに関連して、ICTを活用した面白い場面に直面したので共有する。コロナウイルスのパンデミックにより、大学では講義の受け方のみならず様々なものにICTを活用するようになった。新たに入学してくる学生に対して、サークルや学生団体も勧誘を行うのだが、対面での勧誘は禁止されていたこともあり、SNSやYouTubeを利用したオンラインでの勧誘を行った。私もこの勧誘活動を行っていた一人だが、あるときSNSを眺めていると、新入生同士がTwitter上で呼びかけあい、自力で繋がり合おうとしているシーンを目撃した。一人でも多くの人とつながろうと頑張る人、繋がった人たちが学科ごとに集まれるようなグループを整備する人、互いに会ったこともない学生同士が、それぞれができることを協力し合うことで、新入生同士で繋がりを作っていたのだった。同じ学生として、(たとえ相手が後輩であっても)他者のために動いている学生に対して人として見習うべき点がたくさんあると感じた。遠隔授業でも同様に、初めて使うツールを上手に使いこなせる友人が、苦手な人を助ける姿や、覚えておくと便利になるような知識を共有するといった姿も見れた。このように、私はこのSDGsを仮に知らないとしても、その根本にある重要な考え方をこのように自然に体現している姿を見てとても感動した。

 普段、大学で受ける講義だけでは、SDGsにふれる機会は少ない。特に、STEMのような専門的な学問になってくるとSDGsについてますます話題に挙がりにくくなる。そのため、教養科目でSDGsについて学ぶ機会が得られなかった学生はSDGsについて学ぶ機会はなく、そのまま社会に出ていくことになる。しかし私は、今後の社会において、工学部生だからこそSDGsの考え方を知っておかなければならないと考える。例えば、目標12は、企業でイノベーションを起こす際の前提として、技術者が持つべきマインドであると考える。持続可能な開発であれば、メンテナンスのしやすさや、改善のしやすさといった将来性を考慮する必要がある。日々の業務でもSDGsにつながることはあるのに、その価値に気づかないことはもったいないと感じる。だからこそ大学生のうちから、SDGsの持つ本質や17の目標について学んでおく必要があると考える。

 就職活動に話題を戻すと、企業もSDGsに関する取り組みを紹介しているが、それが学生を始めとする人に知られていないと感じることが多くある。実際に、企業の方とSDGsについて話をする機会があったが、そこでも企業の方は「自分たちの会社で取り組んでいるSDGsの活動が就活生に伝わっていなくて困っている」ということを話していた。この問題は発信する側も受け取る側も共通で認識していることを示している。私は当初、企業側の情報発信の仕方(例えば、どのような内容であれば学生に読んでもらえるか、紹介しているウェブページに学生がアクセスしやすいかなど)に問題があるのではないかと感じたが、それと同様に今の大学生がSDGsにあまり関心を持っていないことが問題であると考えるようになった。いずれにせよ、世代のギャップを埋めるためには、SDGsという共通の関心事からつながることが重要であると感じる。そこで得られる共感も、大学生にとっては今後の仕事のやりがいにつながると考えられる。そのためにもSDGsについては大学生のうちに少しでも学んでおく必要があると感じる。

 以上のことから、SDGsが大学のSTEM教育に与える影響は大きく今後の自分のキャリアを描く上でも重要な役割を担うと考えられる。残り半年となる大学生活においても、私はSDGsに関する取り組みに注目し続け、世の中の動向を知りたいと思う。この記事を読んでくださった学生に少しでも響くようなものがあれば幸いなことだ。この記事をきっかけに私の経験を自分の胸に刻むとともに、新たな卒業後の新たな一歩に向けて準備を進めようと思う。


教員によるコメント by 中村秀規(環境・社会基盤工学科准教授(環境政策))

原子(はらこ)栄一郎は、今日の環境教育の基盤的仕事が、現時点で持続不可能な社会を支えている教育を再考し、社会を別の方向へと導くことであると論じている(原子 2021)。教育を再考するという目的のために、彼は、教育の本質や原理を問う環境教育(<地(じ)の環境教育>)と環境に関する特定の課題のための環境教育(<柄(がら)の環境教育>)とを区別している。この環境教育の二重構造理解枠組みは、SDGsのSTEM教育への影響分析に応用できる。

上記の論考において、山浦はSDGs活動の変革志向を強調している。一人の技術者は変革・変容の一部であるべきだ。このことはSTEM教育にも当てはまる。地域の協働相手とともにSDGs課外活動に取り組んできた体験に基づき、彼は、SDGs指向活動において、当事者意識、実効的な協働を産み出す連携姿勢、そして関係構築初期段階における理念共有の重要性を指摘している。STEMやその教育はSDGs指向に再編することはできよう。しかしこうした方向転換はなお操作的な世界観、すなわち「・・・のための教育」という教育観、のもとにあり、わたしたち人類の在りようの総体としての変容の一部となるには十分変革志向になっていない可能性がある。彼は、STEMを学ぶ学生、そして大学外からSTEMとSDGsの教育を支援する人びとの、態度、理念、そして価値観に焦点を当てており、ここで問題としている操作的な世界観とは一線を画している。このように、SDGsに関する問いかけを行う工学生は、STEM教育とは何を意味するのか、問い直し、考え直し、原理的に考察していく教育創造の、駆動人材かつ変革過程の一部となりうる、大きな潜在可能性を有している。

原子栄一郎、2021.環境教育の今日的段階を巡って.東京学芸大学環境教育研究センター 研究報告 環境教育学研究 30、87-118.





1 ここで原子はS. SterlingやA.E.J. Walsの議論を参照しつつ彼の提案する枠組みについて論じている。SterlingとWalsの文献についてはPDF版原稿の参考文献一覧を参照ありたい。